木は人々の生活を記憶している

2020-12-01 公開 2021-06-09 更新

こんにちは、ページを開いていただいてありがとうございます。

入社して6年目くらい、営業事務のYです。

毎日楽しくお仕事しています。皆さんよろしくお願いします。

さて、私はただの営業事務なので、きちんと勉強をしている営業さんや諸先輩方に比べると、木材やフローリング等の専門的知識に乏しいですが、

それなりに商品に愛情を持っておりますので、私になりに思うことをコラムにしたいなと思います。

さて、早速ですが、私たちが生活をするその空間の中に、木ってどれくらいあるのでしょうか。

床に、木。壁や天井に、木。

家具、食器、アクセサリーなんかにも、もしかして。

これを書いている私の目の前にあるギター、ここにも、木があります。

当然のことですが、使っていくうちに、木は変化をしていきます。

どれだけ気をつけていても小さな傷はつきますし、色合いだって変化していきます。木は呼吸をしていますので、縮んだり膨らんだりもします。

時とともにその風合いを変化させ、表情を変えていく木、その見た目の変化から、私たちと木は、同じ時の流れを歩んでいることを実感することができます。

でも、見た目だけではないかもしれません。

もしかして、外からは見えない木の内面にも、私たちとの生活の記憶が、刻まれているのではないでしょうか。

高校生の頃、合唱部に所属していた私が歌っていた部室兼練習場は、床と天井、それから壁が木でいっぱいでした。

四方を木に囲まれながら毎日歌を歌い、時には仲間と喧嘩をしながら過ごした青春の場所。ある時ふと、同じ合唱部の友人と、こんな話になりました。

「この部室には、私たちや、これまでここで歌を歌ってきた先輩たちの歌が、たくさん沁み込んでいるんだね。この部室が、私たちの歌を覚えててくれるんだね」

木が、私たちの歌を、それから過去そこで歌ってきた高校生たちの青春を、記憶している。そこに戻れば、あの日々のことを思い出すことができるのは、木が覚えていてくれるからではないでしょうか。

私たちが生活の中で触れる、たくさんの木。

楽しい笑い声も、堪えきれなかった涙も、全て見守り、吸収して、記憶してくれている。

まるで一緒に人生を歩んでいくかのように。私たちの人生に、寄り添うかのように。

そんな風に感じながら、ともに生きて行く木を選んでみるのも、また楽しいのではないでしょうか。

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